前回新宿かどこかの献血センターに行った時は、両腕アトピーのため不可。年末に薬を塗ったら直ったので、時間に余裕のできた昨日、再び献血所へ。しかし、帰国後すぐだったことを失念。質問に沿って考えてみたら、まだ帰国後八日目だった。海外から帰国後四週間は献血ができない。また、次の機会に。
2007-01-31
2007-01-30
「捏造」その真の問題
あるある大事典打切りに見るボーダーラインは、二頁目で、発掘!あるある大事典データ捏造問題(命名はWikipedia)が由々しき問題であることを前提として、なぜそれが由々しき問題であるのかを解説しているようである。その理由は、端的に言えば、相当数の人が被害にあっている
から、ということになろう。この相当数の人のうち筆者が指摘している例を類型化すると、このようになる。
- 番組制作協力者
見当違いの日本語訳をされたテンプル大学教授
いいかげんな検査しかされなかった出演者の皆さん
- 番組の影響を直接受けた人々
納豆を買いに走り回った人
大嫌いな納豆を「痩せるためだから」と涙をにじませて無理に食べた人
- 番組の影響を間接的に受けた人々
品薄状態を打開すべく、増産体制を敷いたとたんに在庫の山を抱えたメーカーの人
番組の影響を直接受けた人々は、自らこの番組の内容を信じたことに責任を持つ必要もある。あるいは、間接的にその番組がそう言っていると言われたことを信じたことについても、同様だろう。それが、現代社会に求められるメディアリテラシーではないだろうか。
番組の影響を間接的に受けた人々に関しては、まさにお気の毒と言うほかないが、あくまで間接的な影響を受けたに過ぎないということに留意したい。これを被害と呼ぶなら、直接被害を与えたのは、番組の影響を直接受けた人々であり、彼らにメディアリテラシーが欠けていたが故のことである。
番組制作協力者に関しては、自らの言いたかった内容が曲げられて伝えられたということの不利益か、それが自らの社会的評価に影響したことの不利益が、被害として考えられる。しかし、前者に関しては、そもそも編集権は放送者側にあり、自分の希望通りに番組が作られるという保証は、ないのが基本なのではないか。何か約束をしていてそれを破ったというのでない限りは、放送者側に今回のような不祥事があっても、それが即番組制作協力者に対する被害であるとは言えない。後者に関しては、確かに、本当に社会的評価に影響したならば、名誉毀損の範疇に入るものだろう。
しかし、マスメディアの放送は、以上のようなものでは収まらない被害を生み出す場合がある。それが、番組の内容自体による名誉毀損であり、プライバシーの侵害である。例えば、納豆又は納豆関係者が、納豆がダイエットに効くとはとんでもない!納豆はそんなものではない!と怒ったとしたら、ある種の名誉毀損と言えるかも知れない。あるいは、納豆又は納豆関係者が、納豆がダイエットに効くことは隠していたのに!言いふらすなんてひどい!と嘆いたとしたら、ある種のプライバシー侵害と言えるかも知れない。しかし、今回の問題はいずれのケースでもない。わずかに、番組制作協力者に関して名誉毀損の可能性があるかも知れない、という程度である。
話を聞く限り、納豆以外の発掘!あるある大事典データ捏造問題でも、名誉毀損やプライバシー侵害に当るようなケースはほとんどないのではないだろうか。名誉毀損やプライバシー侵害がなくとも、今回のような事件は、善か悪かあるいは中性か、と問われれば、悪である。しかし、その被害の大きさのみに捉われずに、何がその被害を生み出したのかを考え直す必要があるだろう。
2007-01-28
一義的な責任
ついさっき、知人からのメールにあった、・・・に関しては・・・が一義的に責任を負います
という表現。これ、自分でもよく使いたくなってしまうけれども、本当はどういう意味?
そう思ってインターネット検索した結果、同様の疑問を扱っていたのが、日本語Q&AのQ27。時折感じる納得のいかなさは、この二つの意味のうちどちらで使っているかが曖昧だからかも知れません。
辞書的な定義を参照すると、意味が一種類だけ
、一つの意味にしか解釈できない
というのが出てきます。これは、『一義的』の意味(1)
と一致します。
しかし、インターネット上を検索すると、一義的な責任という表現を含むウェブページが、やたらたくさんみつかります。検索結果を眺めてみるに、法律用語のような印象を受けます。その意味を探るてがかりとして、訳語として一義的が使用されている例があります。児童の権利条約では、primary responsibility
という英語が第一義的な責任
と訳されています。これは、『一義的』の意味(2)
に当るでしょう。
一義的という言葉の用法を考えるに当っては、以下のような点を考慮する必要がある、というのが自分の結論です。
- 序数化されているか否か
- 体言を修飾しているか用言を修飾しているか
- いずれにしても被修飾語を限定する意味を持つこと
2007-01-27
2007-01-26
1月21日の記録
- 2007-01-21T06:00+07:00
- そろそろ作業のきりがつきそう。メモは一通りできたので、同じものをもう一式作り、代表氏・学術担当氏に渡そう。
- 2007-01-21T06:40+07:00
- 作業終了。一眠りするか、朝食に行くか、思案した結果、朝食へ行くことに。部屋へ戻ると、同室者氏が起きていて、朝の支度が同時並行に。今回のACの実行委員会で模擬裁判の統括をやっているという同室者氏に
歯磨き粉ある?
と尋ねられたが、あいにくこちらはそげなものは持参しておらず・・・彼は他の部屋へ借りに行きました。 - 2007-01-21T07:20+07:00
- 同室者氏とともに朝食へ。彼は、ICU主催のディベート大会に出場したことがあるそうで、その時はチュラロンコーン大学代表として参加したそうで、旅費・宿泊費は日本の(恐らく)主催者側の負担だったそうな。彼の言動はとてもエリートっぽく、ちょっとまぶしい。ホテルは狭かったが、とても感謝している、と言う。その時泊まったのは武蔵境であるとか、東京大学で理系の勉強をしている友人の案内で、東京大学の田舎のキャンパスにも行ったとか。駒場キャンパスのことかと思い、渋谷に近いよね~なんて言っていたら、どうもそうではないらしい。自分の知っている範囲では、柏の葉キャンパスてのがあったかなと思い、きいてみるが、まぁ当然ながら固有名詞までは覚えていない。それにしても、ALSAの人々が全く来ない。
- 2007-01-21T07:50+07:00
- 同室者氏はスタッフの打ち合わせで八時に行かなければならないとのことなので席を立つ。自分はどうしようかな~などと考えているうちに、もう一名の日本人参加者氏が現れる。それをいいことに、自分も朝食を継続。
- 2007-01-21T08:30+07:00
- もう一名の日本人参加者氏は準備があるため一足先に自分の部屋へ戻る。自分は、GC参加者集合場所のロビーへ向かう。集合時間は8:30だが、来ているのはマレーシア代表氏のみ。その後、もう一名の日本人参加者氏、香港代表氏三名、シンガポール代表氏、実行委員会の担当者氏などが揃う。フィリピン代表氏が来ないので、その担当者氏が探しに行ったが、今日はフィリピンからは別の人間が参加するらしい。その別の人間とは、この日朝3:00頃到着したと言う人間である。そういうやり取りに手間取っているうちに、香港代表氏の一名が、自力でフィリピン代表氏を探しに。最終的には、彼を待って出発。
- 2007-01-21T10:30+07:00
- 地下鉄で移動し、チュラロンコーン大学の前日と同じ部屋へ到着したのは、これくらいの時間だったか。GC開始。
- 2007-01-21T12:00+07:00
- Law Reviewの主題について議論が膠着しかけたところで、昼食に。スタッフ氏が幾つか選択肢を提示してくれたが、代表氏の意向を尊重し、ステーキ屋に行くことに。ステーキ屋と言っても、結局ファーストフードで、確か自分は69バーツのセットのようなものを注文したはず。それでも、結構量は多い。人数が多かったせいか、会計がちょっともめていたようだった。昼食の間、IBメンバーはくっついてLaw Reviewの主題について協議。
- 2007-01-21T13:30+07:00
- これくらいの時間だったか、GC再開。
- 2007-01-21T16:30+07:00
- GCが予想外に早く終了。ホテルに帰る組と買い物組に分かれ、それぞれALSAタイの代表氏と担当スタッフ氏が引率。IBミーティングは22:30からということに。自分はホテルに帰る組へ。財務担当氏と広報担当氏がProfile Bookについて作業をすると言っていたので、自室へ帰ってしばらくしてから、二名に合流。
- 2007-01-21T19:30+07:00
- Profile Bookの作業をしようとしていたが、あまり共同でできる作業がなかったので、自分は夕食へ。
- 2007-01-21T20:30+07:00
- 夕食をともにしていた他の参加者は学術活動が始まる時間になったので、部屋へ戻る。しかし、財務担当氏と広報担当氏の部屋は空いてなかったので、自室へ。とりあえず、風呂。
- 2007-01-21T21:00+07:00
- 財務担当氏から連絡があり、部屋に戻ったとのことなので、再び両名の部屋へ向かう。
- 2007-01-21T22:20+07:00
- 気分転換ということで、外へ。コンビニへ行くとか行かないとか言っていたが、結局ホテルの前の道100メートル程度を往復したのみ。ALSAタイの代表氏を通じてIB代表氏が
22:30に間に合わない
と言ってきたのは、この前だったか。 - 2007-01-21T23:30+07:00
- 実際にIBミーティングを始めたのは、これくらいの時間だっただろう。
- 2007-01-22T03:20+07:00
- IBミーティングが終ろうという頃に、クラブか何かへ行ったあと自室へ入れなくなったというインドネシア人氏二名が財務担当氏・広報担当氏の部屋へ。名残を惜しみ、しばし談笑。
- 2007-01-22T03:40+07:00
- IBメンバー各氏とインドネシア人氏二名に別れを告げる。
- 2007-01-22T04:00+07:00
- 一人、ロビーへ。香港代表氏三名が見送りに来てくれる。彼らの便は自分の数時間後。彼らの・・・優しさと言うべきか、友情と言うべきか・・・見送りに来てくれたことに感謝。IB学術担当氏も見送りに来てくれた。彼らと、写真を撮る。そして、初対面のスタッフ氏の運転で、ホテルを出発。BMWだった。初めて乗るが、やたら広い気がする。気のせいかな。
- 2007-01-22T04:40+07:00
- スワンナプーム空港到着。車の中では、ほとんど寝ていたんだろう。空港へ着くと、タクシーの乗降場のようなところで降ろしてもらい、彼は帰っていった。早朝だし、当然のことだ。送迎ありがとう。
- 2007-01-22T05:00+07:00
- 帰りは、手荷物を一つ預けることに。搭乗口へ向かう途中、お土産として適当なものを探したが、見当たらず。結局、タイバーツ紙幣を持ち帰ることに。機内で座ると、いつの間にか眠りに落ちていた。今回のACでは、睡眠は若干少なめだったものの食料は十分に確保したため、機内では規定の食事をいただくにとどめる。
- 2007-01-22T13:30+09:00
- 成田空港到着。今回、初めて東成田から帰路に着く。ターミナル間連絡バスの停留所を見つけるのにちょっと手間取り、一本逃す。それが災いしたか、東成田駅でも、40分間隔でしか来ない列車が行ってしまったばかり。不如帰の鳴声の構内放送が時折響く。
- 2007-01-22T16:30+09:00
- 大学にて後輩と合流し、必要なものの受け渡しをする。その後、ラーメンを食してから、家路へ。帰宅は、21:00頃だったか。これで、短かった自分のACが終了。
2007-01-24
2007-01-23
1月20日の記録
- 2007-01-20T06:00+07:00
- 起床。ホテルの備え付け時計とともに、携帯電話の自動電源オン機能を初めて使用。スーツを着用し資料を準備してから朝食へ。朝食の場では、韓国・インドネシアから参加の各IBに自分の報告書を渡すとともに、広報担当氏からProfile Bookの見本を見せてもらう。
- 2007-01-20T07:00+07:00
- ロビーに集合。日本の参加者のケアテイカー氏の紹介を受ける。去年のAC2006で見た顔な気がするが名前が思い出せない。もう一名の日本人参加者氏は一度部屋へ戻ってから集合すると言っていたが、ロビーへ行ってみるともう一名の日本人参加者氏がいないということでケアテイカー氏が探していた。ホテルの電話で部屋を呼び出してみたが返事がないので、別のスタッフ氏と部屋を見に行くことに。しかし、部屋にはもう一名の日本人参加者氏はおらず、入れ違いだった。
- 2007-01-20T07:30+07:00
- チュラロンコン大学へ向けて貸切バスで出発。タイ・香港・トルコが同じバスだった模様。自分は部分参加のため参加費は6000バーツということで事前に連絡を受けていたが、滞在日数が自分と同じなのに加え19日のホテルを自ら手配したという香港の参加者がスタッフと何やらもめていた模様。
- 2007-01-20T08:00+07:00
- チュラロンコン大学到着。全日参加の参加者のみ参加費を支払い。会場は1000人弱程度入りそうな広さがあったが、前後方向の通路は両脇と中央にあるのみで、その前後方向の通路に挟まれた一列を最小単位として国ごとに割り当てられていたが、トルコの分が見当たらなかったらしいのと、インドネシアの参加者が多くまたインドネシアの席が日本の直後だったため、日本の列にはトルコ氏、日本の二名、そしてインドネシアからのIB二名が着席。
- 2007-01-20T08:30+07:00
- 開会式開始。開始直前にタイの代表に資料のコピーをお願いしてしまったが、その代表氏は、当然ながら挨拶を控えていたのだった。その代表氏の挨拶に続き、チュラロンコン大学関係者(法学部長など)、資金提供者代表が挨拶。我々IB三名はその後のチュラロンコン大学教授の基調講演のあとにあるQ&Aの時に退席してIBミーティングを開始することを画策し、スタッフに打診したが、さすがに目立ち過ぎて失礼だということで丁重に断られた。
- 2007-01-20T10:00+07:00
- 予定より早く休憩に入ったため、IBミーティングを開始することをスタッフに打診し、許可を得る。しかし、部屋の準備はできていたらしいが、案内役のスタッフの手が空くのを待っているうちに、休憩時間が終了。また、タイからのIB学術担当氏もすぐに到着するとのことで、氏を待つ。一方で、GCの開始時間は、プログラムによれば11:00であったが、13:00に延期されたとの連絡が入る。
- 2007-01-20T11:00+07:00
- GC会場でIBミーティングを開始。GCの進行予定を決定後、各議題について議論。
- 2007-01-20T12:00+07:00
- スタッフが昼食時間の開始を伝えに来てくれたので、12:30に再開することを決めて、昼食へ向かう。
- 2007-01-20T12:40+07:00
- IBミーティング再開。香港代表がIBミーティングに参加したいと言っているという情報があったが、結局は参加はせず。
- 2007-01-20T13:00+07:00
- 予定議題を消化しきらないままに、GCメンバーが到着。GC開始。
- 2007-01-20T16:00+07:00
- GC終了。朝と同じバスでチュラロンコン大学のキャンパスツアーに出発。キャンパスツアーと言っても、バスで回りながら一人の担当スタッフが施設について説明してくれる、というもの。芝生のある広場のようなところで自由時間となり、各自で写真撮影。
- 2007-01-20T19:00+07:00
- アサンプション大学バンナキャンパスに到着、Welcome Party開始。日本の自分の部屋に時計を忘れていったので時間はわからないが、プログラムによるとこの時間。
- 2007-01-20T23:50+07:00
- ホテルに帰着。IBミーティングを財務担当氏&広報担当氏の部屋で00:30から開くことを打ち合わせ、解散。しかし、我々日本人二名は部屋の変更に手間取る。
- 2007-01-21T00:35+07:00
- 所定の部屋に着くと、相部屋氏は既に就寝。とりあえずIBミーティング部屋へ電話してみたところ、入浴中か何かのため、
またあとでかけ直す
とのこと。しかし、こちらは相部屋氏が既に就寝していたので電話を鳴らしたくないことを伝え、10分後にこちらからかけ直すことに。とりあえず自分は風呂に入ることにし、上がってまたかけ直してみたところ、既に三名ともその部屋にいるとのことだったので、その部屋へ急行。 - 2007-01-21T01:20+07:00
- ほぼこれくらいの時間だっただろう。学術担当氏が到着し、IBミーティング開始。
- 2007-01-21T04:00+07:00
- IBミーティング終了。代表氏と学術担当氏には、それぞれ関係する部分のGCの準備を頼み、
やれるだけやる
との返事を得たが、とても不安。不安なので、自分の部屋に帰ってから、その階のエレベータホールのソファーと机を使い、IBミーティングの結論とGCの対策を整理。