
今の部屋の様子は、こんな感じです。画面左側から隣との壁→玄関→押入れ→窓です。カメラ位置は床から165センチくらいの高さで、カメラの背後に台所ともう一つの窓がある感じですね。
以前の記事は二代目備忘録ぶろぐ、英語版はEasily Forget Ⅱをご覧ください。
それは、自分が寂しがり屋だから。自分が自分として認識されなければ、嫌だ。単に「会員」で「四年生」という属性を持った人間だからというだけで言葉を贈られることは、空しい。あなたは私の何を知っているのか。自分は、多大な迷惑をかけたはずなのに、すべてを水に流して「お疲れ様でした」と言えるのは、なぜか。
今日は、某所で某企業の(詳細はカレンダー参照)リクルーター面談を受けてきた。
自分の中で志望度は(かなり)高かったものの、いかんせん「企業研究」が不足。「うちで何をしたいの」という問いに、ろくな答えをできない。「なぜうちへ来たいの」という問いへも、きれいごとのような答えしかできない。何より、リクルーターの人を露骨にがっかりさせてしまったことが悔しくてならない。別れ際に、目に涙を浮かべて哀願などしてしまった。こういう様を情けないと言うのかな。
とても真っ暗な気持ちになって、二度目の昼食でも食べるかと思い、店へ。面談や面接は正直に行きたい。でも、正直に言えば、志望動機や志望職種についてまともなことを言える企業なんて、ほとんどない。これでは、どこにも受からないんじゃないか。結局、今日はいつになく昼食を、それも三回もいただきました。
一度自分で決めたら、それに向かって真っ直ぐ進んでいくようなところがあります。また、自分に正直であることを心がけ、それによって周囲からも気を遣われずに接してもらえるようにしています。
NAAの果たすべき役割は、周辺環境と調和し地元地域と共生する空港の一つのモデルを世界に示すことだと思います。強みは背後に首都圏という巨大な人口・観光資源を抱える地域が控えていることであり、安定して利用客が見込めるため、新たなことに余裕を持って挑戦できます。弱みとしては一つ歴史的な地元との関係がありますが、それはいずれにせよ解決しなければならない問題であり、逆に難しい問題だけに、解決することができれば、世界へ先例を示すことができます。
興味を持ったきっかけは、海外と接点のありそうな仕事ではないかと感じたことでした。やりたい仕事は、国際業務、国際空港評議会への参加です。世界の空港から知恵を吸収するとともに、世界の空港を変えるような取り組みをNAAから発信していきたいです。
仕事を通じて実現したいことは、「世界をより良く変える」ことで、そのためには売れる商品を作る必要があります。どんなものが売れそうかを感じることができ、また実際にできた商品を売ることができる仕事を希望します。
良い点としては、素直・正直と言われたり、物欲がないと言われることがあります。一方、頑固であったり人の話を聞かないと言われることもあります。
大学のサークルなどで、自分がいなければ実現しなかったであろう企画があると胸を張って言えることです。
差別を受けて辛い状況にあってもひたむきに生きていこうという登場人物の姿勢です。特に、しばしば差別意識と表裏一体の優越感を持つことで精神を安定させている自分自身の弱さを感じさせられます。
「社会人」になっても、夢を失いたくないと思います。仕事やその他の生活の中で必ず出会う「夢の種」を大事にしたいです。また、社会人であることを言い訳にせずに道理や正義を通したいという思いもあります。ただ、狭い視野で独り善がりな意見を言うだけになってしまわないようには気を付けたいです。
大学二年の二月、初めて河口湖で開かれたサークルの全体会議に、自分独り自転車で往復して参加しました。経路の決め方が適当だったため、経験者であれば決して選ばないような厳しい経路になり、困難が倍増しました。
交通費を節約しつつ会議に参加するため、そして人生で今だからこそできる事と思ったからです。多少迷いはありましたが、決め手となったのは「迷ったらネタとして面白そうな方を選ぼう」という自分の行動基準でした。
「経費の節約」という目的の一つを達成するため、また、より「面白」くより「今だからこそできる」ことを追求するため、途中食料・飲料補給無しで行くつもりでした。しかし、宿泊費に含まれていた宿の夕食に間に合うことが絶望的になった時点で、妥協してラーメン屋で食糧を補給しました。また、雨が降っていたので、会議への参加という本来の目的に支障を来さないよう、ザックカバーを使用して中の荷物が濡れないようにしました。
一つは、自分はこの程度のことなら耐えることができるという経験値です。これにより、より厳しい状況に耐え得る忍耐力を付けることができたのではないかと思います。もう一つ、自分はただ議論の時にうるさいだけではなく、こんな馬鹿なことをやってのけることもできる人間なんだということを示すことができたと思います。それにより、サークル内での人付き合いがさらに円滑になっただろうと思います。
大学二年の二月、初めて河口湖で開かれたサークルの全体会議に、自分独り自転車で往復して参加しました。経路の決め方が適当だったため、経験者であれば決して選ばないような厳しい経路になり、困難が倍増しました。そんな挑戦をしてみようという気になったのは、交通費を節約しつつ会議に参加するため、そして人生で今だからこそできる事と思ったからです。さらに、毎回東京で開催していたその会議が河口湖で開催されることとなった背景にはレクリエーション色を強めるという意図があり、それなら普通に鉄道やバスで行ったのでは面白くない、という思いがありました。多少迷いはありましたが、やはり決め手となったのは「迷ったらネタとして面白そうな方を選ぼう」という自分の行動基準でした。計画時に立てた目標は、(一)宿の夕食までに到着すること、(二)途中で食糧・水分補給をしないなど経費を最低限に抑えること、そして(三)到着後疲労を言い訳にすることなく積極的に会議に参加すること、です。中でも(三)が最も大切であり、会議へ参加する準備のために出発が予定より遅くなるほどでした。しかしそのために、まだ山の中を走っているうちに日が暮れてきて、夕食へ間に合うのも絶望的になり、しかも沿道に人家・人影が全くなかったこともあって、心細いことこの上ない状況でした。そんな時、支えになるのは、「これでへこたれてたまるか」という気持ちです。